朝、母が父に小言を言っているのが聞こえてきた。
「いくら、キュウリが好きだからって、苗木60本って作りすぎじゃない。」
毎日毎日、キュウリが消費しきれない有様をみて今更な苦言を呈している。。。
たしかに、一言何か言いたくなるほど
キュウリがハンパない。
毎日毎食、キュウリを食べている。
キュウリが餌?らしい河童だとしても、これほど食べないんじゃないか?
というぐらい食べている。
それでも、終わりが見えない。
今我が家は、キュウリの祝福を手におえきれなくて、災いになりつつある。
キュウリが大好きだから。キュウリだけ食べててもいいという思いがあって、きっと父はつい苗木60本も作ってしまったんだろう。
ただ黙っている父の心中をくみ取るのばむずかしいが、毎年このようなことを繰り返しているので
多分、父は来年もキュウリ天国を実現しようとするのだろう。
さしあたって、キュウリを消費すべく
知恵をいただきながら、調理に勤しむ。。。。
食べてもキュウリ、食べてもキュウリだと、キュウリは生食でしょうという概念でマンネリが生じる。
なので、スープに入れたり、野菜炒めにしたり結構、チャレンジしている。
というのは、
育ちすぎて、麺棒みたいになったキュウリはみずみずしさよりも、瓜っぽさが際立っているため。
このくらいになると、鶏だし系春雨スープの具材にしたり、ごま油で炒めたりするとおいしい。
近日中にレシピ上げるかも・・・。
(しかし、市場ではこういうキュウリは出回っていないため、まったく参考にならないか(^_^;))
ひとまず、祝福とは手におえてこそだなと、改めて思う。。。