安らかであるのか、否か。
どうして不安になるのか?を考えた時、『絶対』ではないから、「不安」なのだと気づきます。

信仰を持って不安が無くなるのは、絶対者神様を知るから。だと思います。
神様がどういう法則で働きかけるのか、神様の法とは何のか?
歴史を通して、自分の生活を通して、御言葉と祈りで、一つずつ知っていくとき、
考えなくてもいい事は考えなくなるということもあります。

「平安」は神様と相互作用的なやり取りである祈りと賛美を通して、
また、御言葉を行なって自分の考えと心がより良く作られることで、
心が新しく成長していくときに感じられます。

信仰って、行なってみて得られる
神様とのGive & Takeで無から有が生じるような創造的なものだな。。。
と振り返って思います。

それだけではなく、
艱難をも喜んでいる。
なぜなら、
患難は忍耐を生みだし、
忍耐は練達を生み出し、
練達は希望を生み出すことを、知っているからである。
そして、希望は失望に終わることはない。
なぜなら、私たちに賜っている聖霊によって、
神の愛が私たちの心に注がれているからである。

ローマ人への手紙5章3~5節