時間も肉体も限りがある。
だから貴い。
しかし、貴いのにもかかわらず、失ってから気づく事が多いのではないだろうか。
失わずに貴さに気づくことが出来る方法がある。
失わない方法を知ることだ。
時間も、肉体も有限なのにどうして失わないと言えるのか?
失わない方法とは、「時間と肉体の存在の意義と目的を知ること」だと、聖書を学んで
神様がくださった創造目的を知って生活をすることを挑戦してみてそう確信する。
有限・有形なものはいつか失われることがわかる分、切なくて
諸行無常の響きあり。
なぜ有形の世界を作られたのか?どうして虚しさが存在するのか。
その答えが聖書にある。
さて今日は、おりしもクリスマス芸術祭。
神様のひとり子なる御子の降誕を記念して、
それぞれ真心の捧げものをした。
ある人はダンスで、
ある人は歌で、
ある人は演劇で、
ある人は朗読で、
いろいろな個性・年代で神様へ感謝を形にしていた。
半年前はお母さんが視界からいなくなるとビービ―泣いていた子が
舞台の上でお兄ちゃんたちといっしょに見よう見真似でダンスしていたり、
多分、息子のことが気になって、飛び込んできたコーラス挑戦のお母様がいらっしゃったり、
無い時間を苦心しながら準備したんだろうなと思う、演目もあったり
いろんな人がいろんな挑戦をしていて
受け取る神様が嬉しいだろうなと思って、あたたかい涙が出てきた。
なぜならば、有限から、無形なものが生じたから。
目に見えないけれども確かに存在していらっしゃる神様。
神様が喜ばれているのを感じられる芸術祭で、見ている私も嬉しくて幸せなあたたかいものに包まれた。
今年もあと一週間。
1年の振り返って、無形ゆえに永遠なもの、神様との愛をもっと深める来年の準備をしたい
そう思った。