「買う方がいるから、売る方もいるわけじゃん。なんで、ウルほうばかり悪く言うの?」
私の高校生のときのクラスメイトの発言。
援助交際・売春について、世の中でも小説・マンガ・ドラマでもトレンドのように扱われていたことに対して、
危惧されたのか担任の先生が自分の体を粗末に扱ってはいけないと諭すような話をされていた時に、クラスメイトが空気を凍らせるその一言を放った。
その後のやり取りは覚えていないけれど、私の心にずっと残った一言だった。
「買う人がいるから、売る」
仕事がなくて、そうせざる負えない状況が、旧約聖書の時代、新約聖書の時代でもみつけられるし、今の時代においても、セックスワーカーと自ら自分の職業として働く方もいるけれども、
女子高生が、自分の体を売る。
その理由が、「買う人がいるから売る」。
クラスメイトが売春をしていたのか定かではないが、彼女が言っている事は確かにビジネスが成立するから、恐ろしいことにそういう事なんだと思う。
近年、望まない妊娠が10代20代初めの方々に増えていると新聞に書かれていた。
梅毒も20代で増え続けていると最近のニュースでもあった。
少子化が叫ばれて久しい日本で、若年層に臨まない妊娠が増えている・・・
この不思議な反比例はなぜか?
「自分という存在価値が分からないこと」から生じた結果のすべてが投影されているのではないだろうか。
自分の価値・命の価値がわからいから、求められるがままに差し出すのではないだろうか。
貴さがわからなければ、お金という基準で自分に価値を持たせようとするのかもしれない。。。
もちろん、クラスメイトが言った「買う人」側に当たり前に問題があることも確かだとおもう。
しかし、だからと言って、それを認めるような考え方はおかしいだろ。バカなこと言うなよ。と当時、怒髪天のごとく頭に来たのだが、当時の私には彼女の考え方を覆すことができる「考え」がなかった。
私も自分の価値とか命の尊さについて、考えてはいたが、はっきりと心に響く納得できる
答えらしいものを得られていなかった。
担任の先生は、良識と人格と品性で諭してくれていた。
けれども、心が動かされるような話ではなかった。
だから、今にいたるまでそのクラスメイトの一言の方が衝撃的で覚えているんだとおもう。。。
自分は神様の尊い作品なのだということ。
成長した心と愛で、新しい命を生むことが大切なのだと、誰が実感できるように教えてくれるだろうか。
わたしは摂理でそれを見て、実感するようになった。
先生がどのように神様を愛するのか、原石のような自分を磨いていく方法を教えてくれたから
自分の価値を知るようになったから、上手くできるか出来ないか、頭がいいか悪いのか、見た目がいいのかいまいちなのかではなくて、ただ神様が自分を大切に思っている。
その事実を感じられたし、
摂理で結婚する人達をみて、心がちゃんと成長したうえで神様の愛の中で結婚をするから、
互いに敬う心と助け合う心があって、とても理想的だなと見ていて思う。
神様の願う成長を人生通して、最大限挑戦していく摂理のメンバーを見て希望的だなと心から思う。
今は、私は彼女のような子に会ったら実例をあげて教えて上げられると思う。
お金では換算出来ないほど、「あなたが貴く、大切なんだ。」ということを。
(2016年10月15日Up記事リライト)