About 摂理

摂理カルト・教祖の関係図イメージとその実態。

「教祖」という単語って、普通にドン引き。。。
じゃないですか?
・・・少なくとも私はそうなんです。
この単語ってめちゃくちゃうさん臭くて、信じろと言われても
条件反射で無理ッて思っちゃいます・・・(-_-;)

そのチョンミョンソク先生に対して摂理のメンバーたちの思いはそれぞれ十人十色ですが
男女問わず老いも若きもあらゆる世代が、チョンミョンソク牧師の実践力のハンパなさリスペクトであります。

しかし、そのような様子をはたから見るとなんか盲信的にみえて怖い!と見える。
騙されているんじゃない?と、不安になったり、
人間を崇めているようなところだったら・・・と。
別の宗教団体とダブって見えて怖くおもったりする方もいます。

教祖っていう単語自体に警戒する方、私も同感です。

摂理の教祖について
お伝えする前に、カルト団体とほぼセット的な「教祖」というこのワード。
辞書ではどんなこと書いているかな?とちょっと気になったのでまとめてみました。

教祖

きょうそ

〔宗祖〕the founder of a religion [sect]; 〔創始者〕an originator

ある宗教・宗派の創始者。開祖。宗祖。
新しい主義・運動などを興して一つの傾向をつくり出した人。

goo辞書より

 

教祖
きょうそ

特定宗教の創唱者,創始者。広義には各宗派から分立した宗派の創始者をも含む。一宗一派の創始者は,開祖,派祖,祖師などとも呼ばれる。独特の宗教体験を経て,聖なるもの(神)を独自の仕方でとらえ,みずからの教説を自己の人格を通して明らかにする人物といえる。
本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

 

【教祖】
キリスト教・イスラム教・仏教など世界宗教の創始者。また,新宗教の創始者。仏教宗派の創始者の場合は,開祖・宗祖と呼ばれることが多い。

三省堂 大辞林

 

意味合いを調べてみると、世界の宗教の創始者をも指すということを知り、驚きました。
それは教祖っていう言葉自体に「うさんくさいイメージ」が勝手にあるからだと思います。

教祖=新興宗教みたいな。

イメージが悪いはなぜなのか?それを考えてみました。

むかーし、流行ったゲーム。
マジカルバナナ。知っている人いるでしょうか笑
まさに、あれと一緒だとおもいました。

まずマジカルバナナとは。。。

黄色って言ったらバナナ。banana
バナナって言ったらお猿。
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お猿って言ったら動物園。
zoo

みたいな連想ゲームをリズムに合わせて、複数人一人一つずつ上げて、つなげて言って行く単純なゲームです。

このように、「教祖」

教祖って言ったら、カルト。
カルトって言ったら犯罪。

もしくは、

教祖って言ったら、信者。
信者って言ったら、お金。

こんなイメージありませんか?

私の中にあった「カルト」「教祖」はイコールで結ばれているイメージの単語でした。
なぜなのか?
メディアで目にしたからだと思います。

電車の中吊りや、雑誌の見出しや、新聞、ニュース、テレビ番組・・・等々。
そういうところで、この単語はほぼユニットみたいに扱われていると思います。

単語って不思議ですね。例文のように初めて目にしたシチュエーションでその意味をとらえ覚えるのかもしれません。私が教祖という単語を初めて目にしたのはオウム真理教です。
宗教団体が起こした日本史上最悪かつ凶悪な刑事事件。
麻原(松本)被告が指示し、オウム真理教の幹部や信者たちが行なったことは事実ですが、新しめの創設である宗教団体(いわゆる新興宗教)は全部、悪い。みたいなイメージがこの事件から派生しているのだと思います。

腐った団体にならないようにという譬えで昔、小学校の朝礼で校長先生が「箱の中のみかん一つが腐ると全体が腐るから、腐ったものは早く取り除かなければならない。」(これはドラマ金八先生からの引用だったらしいことを後で知りました。)と言っていましたが、オウム真理教一つが悪を行なったことで、新しめの宗教団体全部が腐ったものだ気を付けよう。と思えるような情報・メディアがあると言えます。

それは、あのような恐ろしいことが二度と起こらないようにという警戒もあるのかもしれませんが、
真実に警戒するならば、事実が見える情報の方がより判断と対処しやすいと思います。
なぜならば、人には良心というものがあるからです。
しかし、その理性や良心が欠如された判断・行動をかの団体は起こしたので、そのように良心・理性がなくなる洗脳をするのが新興宗教団体だ。教祖のせいだと。そのように考えたくなる気持ち、よくわかります。私もそう思っていましたから。

わたしは「チョンミョンソク先生=教祖」という認識がなかったので、
恥ずかしながら今回、辞典でちゃんと意味を調べて分かった次第です。(-_-;)

チョンミョンソク牧師を教祖だと思わなかった理由

それは、
キリスト教のカトリック・プロテスタントどちらにおいても、天地万物を作られた創造主神様を信じる・その神様が遣わしたメシヤ・御子イエス様を信じると言う点は共通しているように、
摂理においてもそうだったからです。

カトリックからプロテスタントが生じましたが、その改革をしたルター・カルビンは開祖・教祖になるという事を事典・辞典を通して、確認をして
キリスト教のプロテスタントの中にもいろんな教派があり、その一派の創始者=教祖であるという言葉の意味を踏まえるならば、チョンミョンソク先生も摂理の創始者にあたるため、教祖になのだと、ようやく理解しました。
つまり私の無知が教祖だと認識できなかったんですが(^_^;)

ひとえに摂理が突拍子もない妄想的なことを盲信しているような団体で、言っていることが実生活とかけ離れているようなまさにカルト団体だったならば、10数年も通わなかったと思います。っていうか、神様を信じること自体が無理です。
わたしは自分を含めて何も信じられない。と思っていた人なので、
もし、教祖(人間)を信じたら救われるみたいなことを言われたら、何も言わずに踵返して立ち去っていたであろうと思います。

わたしは、摂理で聖書を学ぶことで、神様を御子をもっと知るようになりました。
御言葉を学んでみて、神様を信じることが、妄想ではなくて、現実的な自分の人生の問題が解かれて行き、神様を知ることで命の価値に関して明確になった分、手ごたえがある生活をしています。
御言葉を具体的に実生活に結び付けて行なえることが、リアルに面白いです。
それが摂理で御言葉学ぶ・信仰生活の特徴かなと私は思っています。

 

かの団体(オウム真理教)から、団体がおかしくなる理由を考察してみました。


①「思想と理念が、ある特定の人物、いわゆる教祖の一存におかれる」

オウム真理教では麻原(松本)被告の考え方・判断で全部が動かされているような団体だったようです。

しかし、摂理において創始者であるチョン・ミョンソク先生は「ひたすら神様」
どういうことか?というと、常に人ではなく、神様に訊きなさい。
神様が聖書を通して何とおっしゃっているかちゃんと学んでみなさい。祈って確認しなさい。行なって確認しなさい。
人じゃなく神様を中心にしなさいと何度も何度も説き続けています。

先生が海外巡回されていた頃、先生の仕事をお手伝いをしていたジョウン牧師は当時まだいろんなことを学んでいる成長途中だったそうです。ちょっと辛いなと思う時、人から慰められる一言が欲しい時があったそうです。先生から一言「そうなんだ、大変だね」と何か声をかけてもらえたら、いいのにと思ってちょっと大変なんですと状況を話した時に、先生からは「私に話しても問題・辛さは解けないよ。祈って神様に訊きなさい。疲れて大変ならば、賛美をしなさい。」そう言われたそうです。
自分が願った反応とは全く異なっていたので、ちょっとさびしかったそうですが、そのようにして実際、辛さは解決されたそうです。

ジョウンさんのお話しを聴いて「大変だな」と思う時に自分もやってみました。
何か大変だなと感じる問題も、自分の考えで見ると大変なだけで、
自分よりも高い視点、神様の視野でみると大したことがない。
祈っていくとそういう神様の視点:心・考えをもらえることを知りました。

「疲れたら賛美をする」と、寝ても取れない心の疲れは、霧のように無くなるから不思議です。
天を先に喜ばせると、必ず、自分にも喜びが来る。という、神様と自分の不思議な授受関係は、摂理でチョンミョンソク先生とジョウンさん通して、学びました。

 

②「信者は教祖や幹部等を盲信して言われたとおりに行なう。」

自分の考え等伝えることできず、指示された通りに行なうような軍隊的な組織がかの団体(オウム真理教)にはあったようです。

摂理においてはどうなのか?

団体をまとめるには、組織が必要ですし、組織がきちんと成り立つには役割が必要なので、役職・指導者という人達が摂理にも存在はしますが、世の中一般的に持つ指導者のイメージと違います。moon

 

ポンソク牧師(修練院長)が以前、「指導者とは、月を指す指だ。
月そのものになろうとするならば、それは指導者ではない。」
とおっしゃっていました。

 

神様の愛を見せる、目に見えない神様を感じられる、イエス様がそのような生き方をされました。

イエス様が「私がしたように兄弟にもそのようにしなさい」とペテロたち弟子の足を洗ってあげたように、神様の愛は誰かより偉くなろう・誰かを抑圧して操作しよう。というものではないです。
イエス様は「偉くなりたいならば、幼子のようになりなさい」とおっしゃています。

摂理の創始者であるチョンミョンソク牧師は、誰よりもイエス様に会いたくて、イエス様を愛したそうです。イエス様が喜ばれることは何だろうか?といつも考えて、実際行なってきた来られた方です。神様がイエス様が喜ばれるならばと、持っているお金を全部物乞いにあげたり、神様を信じたら人生の苦痛・悲しみがなくなるから神様を知らない人達に神様の愛を教えよう!伝えなければ!と思って一日中農作業をした後に、町へ行ってイエス様を教えるために何十キロという道のりを往復されたりしていました。今も自分のご飯を食べる時間を割いて、神様の愛を真理を伝えるために、手が痛くても耳鳴りがひどくて頭が痛くても熱が出ても、手紙を書いて伝えて下さっています。

病気の時にお見舞いをしてお祈りをしてくれる牧師さんは見たことがありますが、誰かのために断食をして祈ってくれるような牧師さん、相手の問題を自分の問題のように考えて、一緒に痛みと苦痛を感じながら祈ってくれる牧師さんはわたしはチョンミョンソク牧師しか見たことが無いです。

ご自身が誰よりも辛いことが多かったから、神様にイエス様に人生の答えを求めて、祈ってこられたから、悲しい思い、辛い思いをしている人たちの心を配慮するというか、寄り添う言葉と行ないをされるのを感じられます。イエス様が「自分がしてもらいたいことを相手にしなさい」という一言もおっしゃっていますが本当にそうのようにされているのだと思います。

尋常ではない絶対信仰の精神は、月明洞を開発し、神様の構想でつくられた野心作を通しても感じられます。%e9%87%8e%e5%bf%83%e4%bd%9c
5回も崩れたそうです。
何十トンという岩を積み上げる作業は、携わった事がある人の話だと「崩れたらもう一度やりたいとは思えない」と口々に言います。
崩れた理由がその5回それぞれに合ったそうですが、弟子のミスによって崩れたことがあったそうです。物凄い労力がかかる作業が、その人のミスでダメになったら、その人が言うことを信用することが出来なくなるのが、当たり前だと思うのですが、その出来事の後、そのミスをした弟子が言う意見もチョンミョンソク牧師はキチンと聴いているんです。

どうしてか?というと
その人を通して、神様が自分におっしゃることがあるから

自分の視点ではわからない事を、誰かを通して神様が教えて下さる。そういう心を忘れてはならないと先生は話されていました。実際、その意見を取り入れて作業をした結果、問題を回避できたと先生が証されて「このように、神様は誰を通して働くのか分からないから、誰に対してもよく接しなさい。軽んじてはならない。」とも話されている姿が印象的でした。

摂理の創始者、チョンミョンソク先生はそのような方なので、先生が指導者として立てていらっしゃる方がたもそのようにされているはずだと思います。少なくとも、イエス様がおっしゃっていたように、偉い人ほど人に仕えなさい。そういう心ですべきことをされているのではないか、とわたしは思っています。時たま、指導者の卵かヒヨコくらいの方が、世間的な指導者の観で自分に役職があること肩書きを自負するかのような言動をすることを拝見する場合もありますが、幼さゆえということで、摂理歴が長くなった平信徒はお祈りしながら見守ります。

また、摂理の重職者と言われる方だとしても、私は、その方が本当に神様が願われていることを話しているのか?その行いはどうか?など、いつも冷静に見ています。なぜならば、肩書きがある人の一言は影響力があるからです。もしその人自身の考え・意向を話し行なっているようならば、すぐに神様に祈り、またしかるべき所にも通報・報告します。その肩書きがある一人の言動で神様を誤解してしまう人たち(平信徒)もいるので、惑わされることがないように、疑い深いわたしは神様が下さった良心という心・考えと聖書と主日の御言葉とお祈りでいつも点検・確認しています。

このように一般信徒の私のような者がエラそうに自由に発言できるくらい自由な摂理なので、盲信はないです笑

 

③団体を運営するのにノルマ的な献金・布施を求められる。

オウム真理教はお布施によって階級が上がるようなシステムがあったそうです。

この団体かぎらず、日本において新興宗教として認知されている大き目の団体ではけっこうな額を求められるという話があるので、宗教=お金みたいな。金儲け=教祖かつ、宗教=金儲けの方法みたいな。
イメージがあるようだと調べて知るようになりました。

信者から吸い上げ経済経営をしている宗教団体。
信者は救われると思って、献金・布施をして、そのお金で運営をするという構図ですが
信者が納得しているのか否かはおいておいて、このお金の運用に関しておそらく私腹を肥やす系か、より活動を広げる系かその両方なのか。ということですが。。。

摂理においてはどうなのか?
一般的なキリスト教の教会でもそうですが、摂理も同じです。
献金に関して一定額を求めることなどないです。

各自は惜しむ心からでなく、
また、強いられてでもなく、
自ら心で決められた通りにすべきである。

神は喜んで施す人を愛して下さるのである。

コリント人への第二の手紙9章7節

マザーテレサは益のために活動をしたのではないように、
信仰で行う活動には経済的な利益を目的としていないです。

物凄いお金を持っている団体は、建物や土地を持っているように、逆に摂理はそういうものが今の所ないです。

それによって、儲けることを目的に摂理という団体が存在しているわけではないことが明白ではないかと思います。

先生の故郷を開発・管理や維持している所につぎ込まれているのでは?という懸念があるならば、
それは、自分たちも使わせて頂くので、自分の意志でボランティアで関わっているかんじです。

以上が団体がおかしくなる理由とその正反対な摂理の実情です。
割と、普通ですよね。摂理。

「教祖って言ったら犯罪その性犯罪の実態」

性犯罪は騙す、物を盗む、人を殺す、とは違った種類の犯罪、
人間を物のように扱って体を傷つけるだけではなくて、心を壊すような犯罪です。

その性犯罪がなぜ起きるのか?
私自身が職場で体験したセクハラを通して気づいたことからまず、述べて行こうと思います。

私が以前就業していた先で、常にセクハラ発言をしている人がいました。
仕事をするところで関係の話をされることだけでもストレスが生じましたが何よりも、個人の性的な好みの話を仕事中にするとか、女性社員を個人的に飲みに誘う(ご家庭がある人でしたが)とか、人格等を無視した性的な発言・卑猥な単語を発するとか、女性蔑視だと私は、日々怒っていました。

当時、父にこの職場のことを話した際、「大したことないじゃないか。そういきり立つな」と言われました。確かにそうです。直接、胸や尻を触られたとか、そういうわけではないので。
こういう返答をする父もやはり男性なのだなと、がっかりしながら、
「女性の人格を無視しているその点はどうなのか?」と私は父に問い、父は黙ってしまいました。

職場でセクハラ発言をする方にある時、意を決して「あなたの言動がどれだけ不快なのか。
非常に不愉快になることを仕事場で話さないでくれ」と話してみたりもしました。
また、派遣の担当者を通して仕事場としてこれはどうなのかとか訴えてみたりもしましたが、変わりませんでした。

セクハラをするのか?と言う点もその人自身がセクハラだという認識がない。
女性の気持ちが分からない。立場を変えて考えられない方だったからです。

当時は、一日中腹立てるしかない、辛い職場でした。
祈って現状を神様に訴えて「神様、どうかあの人を黙らせてください」と求めたりもしたのですが、
ある時、説教を通して答えをもらいました。

「動物には何を話しても分からない。」

話しても分からない理由は相手に、そういった心が無いから。

動物にも心はありますが、人間と動物では考える次元がちがうと通じないですよね。
喜怒哀楽はあるとしても、何を持って悲しいのかを理解する事ができないのは「考え」がないから。

そういうことだとよくわかったから、何言っていてもカラスが鳴いているなという感じになりました。

女性と男性という性別がちがうとしても、人格があり心があること当たり前の事実ですが
その心が分からない・思いやり等の心が欠如された可哀そうな方なのだと。理解しました。
その時から、腹が立たなくなりました。

また、このことを通して
性犯罪を犯す人とは、相手に心があるという認識がまったくないのではないだろうか。

このように、性犯罪は起きているのではないかと思いました。

実際、山梨でここ数年内で起きている凶悪な性犯罪の検挙内容を見ながらいっそう確信しました。
(畑ばかりの道を自転車で帰る一人の女性を男性2人で襲って強姦をしたり、商業施設のトイレで刃物を持って女性を脅しながら暴行する事件があったのです。)

心があれば到底できないことをどうしてできるのか。
それは、相手の心を考えない状態で犯行を行うから。

なぜ、そのように、女性が心が無い「モノ」のような認識になってしまうのか?
それを考えた時に、思い当たるものがありました。

どこのコンビニにも、あまりにも当たり前にある雑誌列の成人向けコーナー。
性を産業にするのは、性がモノになること。
このような写真・文章・動画等を沢山見て脳に一杯になっていると、女性という存在が「モノ」になってしまうのではないだろうか。モノならば、心はないから何しても傷つかないということが潜在的に、偶発的に生じうるのではないかと。。。

なぜならば、相手の心を考えるその心があるならば、そんな凶行に及ぶことはゼッタイにないはずだからです。

見る物によって考え行動に影響が出ることは、その威力がどれだけのものなのかあまりにわかっていないのか、それをわかっていても経済効果があるから容認するしかないのか、わかりませんが・・・・
それを見て、犯罪を犯す人達もいる現実から悲しい性犯罪がおこりつづける恐れを感じざる得ないです。
被害に遭われた女性がどれだけ癒えない傷と苦しみを負うのか、その女性やそのご家族を思うと慟哭の涙が出てくるしかないです。

チョンミョンソク牧師が性的な暴行をするような人ならば、日ごろから女性をそのような対象として見て接するでしょうし、自然と言動にもそれが現れるはずですが、そのような考えの片鱗を見たことは一度もないです。

送って下さっていた主日のメッセージ(説教)を映像で見る時、
女性か男性かということの前に、一人の人間として人生を生きることを誠実に、教えてくれていました。

男性によくある「男の意地・プライド」が変質した「威張り」みたないものを全くちらつかせることもない姿に、私はいつも安心していました。

いろんな人から尊敬もされている分、高慢になってもおかしくないのに、細やかに気配りをされるところが、声だけではなくて、原稿という文字になっても感じられました。

また、お手紙を下さる時にもそれを一層感じます。
子供の日にくださった手紙も子供を一人の人格体として接する姿をみました。

もらう相手が嬉しくなる様な貴く接するその心、文字だけの手紙でもそれが伝わってくることを通して、
どれほど人生を通して心を磨いてこられたのか、その人となりが感じられて、そういう先生に会えてよかったと思います。

私が見たチョンミョンソク牧師。
死にゆく人を止める事ができる人だと表現したいです。

自殺をしようとしていた人や自殺を考えたことがあるメンバーが先生のメッセージ(主日の御言葉などの説教)を聴いて、自分を殺そうとすることを止めるようになったという話を聴きます。

私も、その中の一人です。

恐ろしい考え。自分を殺そうとする考えを私は持っていました。
どこも肉体に病がないのに、心から喜んで感謝して生きることが出来ない自分の病んだ考えが恥ずかしく申し訳なく、何の役にも立ちそうにもないので今日死んでもいいんじゃないかとひどいことを考えていました。摂理に来てからも、初めの三年間ぐらい、この考えを完全に捨てるのに時間がかかったと思います。
チョンミョンソク牧師も自殺をしようと思ったことが、何度かあったそうです。

だから、自殺を考えたことがある人の気持ちをわかって神様からのメッセージを伝えてくれます。
生きたいけれど、どう生きたらいいか分からない。
その絶望を知っている方だから、その説教は渇いた土地に水がしみ込むように入って行きます。

真っ暗のような心、光がどこにも見当たらないような心に、
神様がなぜ命を与えてくれたのか、
どうやって生きたら辛くないのか、
分かるまで学びなさいと教えてくれるような方です。

分からないから人生が辛いのだ、わかれば易しく生きる事ができる。
分からないから、神様を誤解し、人をうらやましく思ってしまったり、
環境や状況を誰かを憎んで、さびしい生き方をする。

分かれば、憎しみから、絶望から抜け出せることを
私は摂理で一つずつ
神様について、
神様が人間をどのように見て愛しているのか、
人間本来が持っている神様が植えて下さった「良心」をどのように生かすのかを学びながら、
捨てるべき憎しみを捨てられたし、「自分はダメだ」という絶望から抜け出せました。

イエス様がおっしゃった「神様を愛して、自分を愛するように命を愛しなさい。」この一言を
チョンミョンソク牧師は、その通りに行なっている姿を見ました。

言葉だけではなくて、行いがあったから、その姿を通して私の心の闇が癒されました。
私は隣で全部を見たわけではないけれど、神様の御言葉を伝えて下さるその姿を通して、行なったうえで語られているという真実さを感じたのです。

なぜ真実だと言えるか?
先生は損得を考えずに、ひたすら神様への愛、信仰で行なっているからです。

先生が無実だというのは、先生が今も自分のために生きていない事で明白です。
いるだけでも辛くなるようにされているその場所から少しでも早く出たいと思うのは当たり前ではないですか?
ましてや、そこのような判決を受けるようなことをしていなければ、なおさらではないでしょうか。
奉仕活動のようなもの参加するとその分、刑期が縮まるということがあるそうですが、先生はその時間よりも私たちに主日の原稿を届けるために、20回以上の校正チェックをしながら送り続けて下さいました。

手がマヒしてペンが握れなくなった時は、氷水につけたり、手でかんだりしながら
どうにか手に感覚が早く戻る様にしたり、利き手ではない方の手で書いたりしたそうです。
接見でお会いした方の話だと、チョンミョンソク牧師の手は利き手のほうが大きくはれ上がっているそうです。

そこまでして下さったその主日の説教メッセージを聴いて、私たちは日々自分を直し、作り、生きることについての確かな希望と甲斐を得ています。

性行為は内面の成長も遂げて結婚をしてから伴侶を通して神様が下さった貴い祝福として理性と人格の上に神様の愛で成すものであり、自分たちの欲望ですることではないと説いてそう教える方が、欲望、暴力で女性を傷つける行為をしたと濡れ衣を着せられるならば、どれだけの屈辱であり、侮辱でしょうか。先生の心中を察すると、いたたまれないです。
だから、私はこの記事を書いています。

摂理では、女性も男性も
人間として、心と考えと行ないを善く作ろう、もっと素敵な自分にしよう。
そのためにはどうすればいいのか?を実体的に学んでいます。

「すべての罪は欲から生じる」と聖書にありますが、確かにその通りだと思います。
その罪をどうしたら犯さないで済むのか、欲をどのようにして治めるのか?
神様が下さった体と心をどのようにして守って作るのかを摂理では学ぶことが出来ます。

だから、それを教えて下さっている先生ご自身が欲望で女性を傷つけることはないと断言できます。


どうして、チョンミョンソク先生は無実だと思うのか?

わたしは自分の精神等を強くしたくて武道を学んだ事がありますが、武道がスポーツと大きく違うのは相手の命を奪う術であることだとやってみてよくわかりました。
スポーツなぎなたではなくて、古武道のなぎなたを学んだのですが、一つの所作も小さな力でどれだけ速く、より大きなダメージを相手に加えることが出来るか考え尽くされているものでした。
用具を使わない柔道、空手、合気道などは体の要所を護りながら、体重移動と共に関節を上手く使って攻撃と防御をしていると思います。

チョンミョンソク先生に性的暴行をされたと訴えている韓国人女性はテコンドーの選手だったそうなので、テコンドーは蹴り技が多彩な武術な上に、先生よりも身長が高かった被害者の方は、蹴り技がより高い威力で繰り出せるはずです。
心身を強くするための武術なので、いざという時に肝を据えて対処できるのではないかと思うのですが、その方は、強迫されてそのように被害に遭ったということを話されているそうです。

武術をたしなんだ人を強迫をするような人って相当強圧的でガタイがいいのではないかと想像されてしまうかもしれませんが、先生は男性としては小柄な165㎝ぐらいの方です。
先生はサッカーやランニングをされて体力や健康管理をされていますが60代の小柄な男性と、20代の180㎝以上の大柄な女性テコンドー選手、どちらが優位でしょうか。

もし、宗教的な強迫で強要されたとのではないか?と懸念される方がいるならば、それはありえないと断言できます。
私が見てきた、摂理で学ぶバイブルスタディや主日礼拝の御言葉などには女性蔑視や差別、ハラスメント的な内容が全くないからです。誤解を与えるような表現の問題がもしあるとしても、女性を貶め辱め、侮辱するような話は全くないです。
そして、教祖に絶対服従というような思想を受け付けられることもありません。

もしそういう教えがあれば、健全な家庭を成すのは無理でしょう。
人は見るもの聞くもので左右されるとチョンミョンソク牧師は説教の中でたびたびおっしゃっていましたが、まさに摂理の家庭局でDV(家庭内暴力)が起きるとか、その影響が出てくるはずです。

摂理の家庭局・壮年部の方々が運営しているブログを見ていただければ
どれだけ温かく、慈しみが満ちあふれている家庭生活を送っているのかを知ることが出来ます。

ばたばた結婚戦記~摂理で結婚した人達~:摂理内で結婚された方々が、日々の子育てや家事など綴っているブログです。ひろこママのレシピと心温まるコメント必見です。キャリアウーマンだったあっこママの実直な表現力で書かれている摂理についてわかる記事おすすめです。

摂理主婦シロ:小学生の娘さんを育てていらっしゃる30代後半のシロさんのブログ。
神様の愛でご自分とご家族を抱きしめているその姿と語られる温かな言葉、読むたびにいつも癒されます。

チョンミョンソク牧師は冤罪の被害者です。その証人となるのは私たち、摂理のメンバーです。
先生が今もその場所で主日の説教の原稿を毎週送り続けてくださり、そのメッセージによって力と希望をもらって摂理のメンバーとして存在している人たちがどれくらい多いかというと、先生がその裁判で閉じ込められるようになる前からいるメンバーと同じくらいの人数になりつつあります。

先日、私の教会で2010年に修了した女性メンバーたちがこの7年間の感謝の告白として天に賛美を捧げていました。
パワーポイントに歌詞を出すのかと思ったら、そこに書き出されていたのは7年分の主日の説教の主題でした。
その数は366以上。
先生の説教原稿は、短くても1時間半、長い時は2時間以上の場合もありました。
そのぐらいの原稿を手書きで書いたことがある方は、どれほどの時間がかかるのかわかると思いますが、毎週書き送ることは簡単でないというよりは、時間や環境、状況を考えると到底無理なことです。

2010年から2017年の主題を読み返すと、その時のことを思い出したり、また忘れてしまっていた大切なことを再び学ぶ時間となりました。本当に、真心で命を懸けて、教えて下さる先生の真実な愛を改めて感じました。

彼女たち、感謝を形にしたい!とその熱い心で忙しい仕事の合間を縫って素敵なタペストリーを作りました。
クッキーを焼いて、主日の主題ごとに詰めたタペストリー。心もおなかもいっぱいにさせてもらいました。

誤報道による被害。

マスコミの報道が全部正しいと思う傾向が国民全般的にあることは日本だけでなく、韓国においてもそのようです。
報道されている内容と実際があまりにも違いすぎて、「あの摂理ですか?」と驚いたと話をしている韓国人のメンバーは少なくないです。摂理について誤報道をした放送局はすでに陳謝しているのですが、マスコミの問題として今後も冷静に改善の必要性があるのでは?と思ってしまうのは放送した内容が間違っていたならば、事実をより大きく伝えてほしいなぁ・・・・という点です。

サリン事件の際、マスコミによって犯人に仕立て上げられてしまった方最近は、この事件の犠牲者として広く周知されていますがさも犯人のように伝えながら間違いだったという訂正の放送、何が問題だったのかとか大体的な謝罪はなかったと思います。
この件をとおして、マスコミに対して懐疑的にみなければと肝に銘じた方も少なくないかもしれません。

しかしメディアで得た最初の情報のイメージが大きくて、第二情報が届いても認知されないという現状はあるようです。

たとえばタイガーウッズ選手が飲酒運転で逮捕されたという報道がありましたが
実際は、アルコールが検知されなかったということです。が、しかし最初の報道で「飲酒運転の疑惑」と周知されてしまったので、そのイメージが先行してしまって実は違ったんだ。という情報がほとんど届かない。そういうことが起きていました。
それに関してある社会心理学博士がこのような記事を掲載されていました。

たとえ誤った情報であっても、いったん作られたイメージは、持続します。
それは、事件報道でも、芸能ニュースでも、政治ニュースでも同じです。
その真偽に関わらず、マスコミ報道や、ネットに広がる噂話でさえ、私達の心に長く残る影響を与えてしまうのです。
これを認知的不協和音と言います。
Yahooニュース「タイガーウッズは飲酒運転をしたのか:誤った情報の持続的効果」/碓井真史氏より抜粋

国内でみると、スマイリーキクチさんの被害を思い出します。

キクチさんが突然、事実無根の「殺人犯」にされた事件とは、1988年〜1989年に東京・足立区で発生した「女子高生コンクリート詰め殺人事件」のこと。全く無関係であるのにもかかわらず、2ちゃんねるや個人ブログ、Yahoo!知恵袋などに書き込みは続き、ようやく2009年になって、書き込んだ19人が摘発された。
2011年には、10年間の戦いをまとめた「突然、僕は殺人犯にされた」(竹書房)を出版している。

「CMに出ればスポンサーの所に、番組に出れば放送局にといった具合に、嫌がらせが続いていました。」

弁護士ドットコムNEWSより

タモリさんが司会されていたボキャブラ天国、スマイリーさんの芸風が結構好きでしたが、あまり見かけなくなった理由はこれだったのかとおどろきました。

そして嫌がらせは今もあると聞いて愕然としました。。。

どうして摘発された方々は事実でないことを見たかのように書き込んだのでしょう?
その供述内容は⇒「正義感からそうした」弁護士ドットコムNEWS

無実である当事者とその家族がどれほど酷く辛い思いをするのか・・・考える視点があるならば、このようなことは起きないはずですが、相手よりも自分の正義感がまさって中傷にまで発展している。。。
しかも、こういうことはネットだからこそ起こり得るとスマイリーキクチさんはご自身の体験から全国各地で講演をされているそうです。

「情報」をただ鵜呑みにしてしまう、受けてのあり方にも責任があることを意識する必要があると思います。「鵜呑み」の画像検索結果「鵜呑み」の画像検索結果←鵜呑み。魚そのまんま飲み込んでいます。。。

情報を判断・分別・検討することまた情報の在り方について、もっと考える必要があると、
道徳的にどうなのか?もっと良心が生きるような社会を作っていく一人ひとりの意識が必要なのではないかと。
各個人個人が考えと言動と判断に責任をもって、より善と義を求めて考えて判断選択するような社会になる時に社会問題のほとんどは解決されるのではないかといろいろと考え深くなっていたので、スマイリーキクチさんの講演活動を応援したいと心から思いました。

チョンミョンソク牧師は、証言者や証拠が不十分なのにもかかわらず、重刑を宣告されている結果について裁判長が「あなたが一般人ならば、この事件は無罪だが、宗教団体の責任者だから仕方がない」というコメントをされていたと聴きました。つまりことの真相どうこうというよりは、宗教裁判のようなものだったということです。

また、示談金目当てで虚偽の強姦証言が起こるのは日本でも痴漢冤罪被害だけでなく世界的にもどの国置いても問題視されていますが、たしかにチョンミョンソク牧師を男性が告訴し、取り下げるためには億単位の金額を要求していたことなども考えるとこういう感じなんだろうなぁと・・・

韓国の司法で実際冤罪となっている事件についても取り上げられているので⇒摂理の真実
興味がある方はこちらをどうぞ。

最後に一言。

イエス様を愛している牧師さん達は日本にもわりといると思います。
しかし、神様とイエス様をどのように愛したらいいのかまでを行なつつ教えて下さる方、そして聖書に書かれている内容を矛盾なく、わかり易く教えてくれる方はなかなか会ったことがないです。

国境を越えて、人を感動させることが出来る牧師さんって日本にいますか?

聖書の御言葉を実践したりイエス様のような生き方を実際にしてみた方がならばキリスト教福音宣教会-摂理のメンバーと交流していただいたり、チョンミョンソク先生と対話することおすすめしたいです。話が合う!と喜びが生じると思います。

チョンミョンソク先生は、国と世代を問わずに慕われています。
いまも、先生に会いたくて韓国から何十時間もかかるアメリカやドイツ、イギリス、アフリカなどからわざわざ会いに来るメンバーが多いです。

欧米などでは一般的に韓国のイメージや知名度等かなり低いようですが、
先生の生き方と先生の教える神様の御言葉、バイブルスタディに感激して韓国まで訪問しにくる人達が普通にいます。
摂理が狂信的、盲信的な団体ではないということを、欧米、ヨーロッパのメンバーたちが「動画で証」もしています。
ぜひ、一度ご視聴していただけたらと思います。

しかし、チョンミョンソク牧師やキリスト教福音宣教会-摂理について、常軌を逸するような誹謗中傷が否めない現実があります。
その情報をご覧になったり、噂を聞く方はどれだけ不安になるでしょうか。
事実を見て、その誹謗と違うことを分かっている者として責任を持って正しい情報を発信していき、摂理という団体がむしろまともな話が聴ける所であること。
心が生きている人達が思いのほか沢山いる団体であるということが分かるように、安心していただけるように事実を発信していかなければと思う日々です。

長文、読んでくださり、心から感謝します。

この記事を書いたブロガー

黄雲 kou★un
生まれも育ちも山梨。東京へ通いながら摂理のバイブルスタディを学び、意を決して上京した後、教会がない山梨で生活している平信徒アラフォー。中高短大山梨英和卒業。
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