辛いとかんじるときに考えた事・・・。

生きていると当たり前ですけれど、
嬉しい時も悲しい時もありますね。
過ぎ去るとすべて一瞬ですが、辛いと感じるその時はなぜか、長く感じます。

 

どうしてそうなのか?
考えてみた時に、

辛いことを通して、生じる得るモノもあるなと

そう改めて学ばせてもらう御言葉がありました。。。

 

 

人は皆、ご飯を食べ、

人は皆、寝てこそ生きることができるように、

人生を生きる中で差し迫る困難と患難は

人生の目的地に行くためには、誰にでも来る。

幼い人、年老いた人、関係なく、自分に該当するものが来る。

打ち勝ち、勝利しながら、自分の人生を生きていくのだ。

そのように生きてこそ、次元が上がる。

喜びの根本になる宝を

得た人と得られなかった人の喜びが違うし、

得た人と得られなかった人の自信感が違うし、

得た人と得られなかった人の希望が違う。

はっきり、明らかに違う。

キリスト教福音宣教会-摂理の御言葉

 

 

人生という道の過程の中で
朝があり、

夜があり、

また山登りのような時もあれば、

広くみ渡すような景色を見るような瞬間もある

すべてが”根本の宝を得る”ために必要な過程、
ただ流れていく時間でもなく、
意味のない労苦でもなく、
全ての瞬間に意味があり、
全てが甲斐になる。

たしかなその価値を自分の人生を通して得る。

そう考えると、何でもない自分だとしても、誇らしく感じられ
さて、もうひと踏ん張りしようか
という気持が背中を押すように湧いてきました。

マイナスのことをプラスにする一つの秘訣と方法。

思うようにいかない時。
期待した事柄が、実際は大したことが無い時。
誤解される時。
悲しくなるような時。

そういうマイナスと言えるようなシチュエーションが生じたらどうしますか?

摂理に来る前は私は、そういう事柄から逃げるために、漫画を読みまくり、小説を読みまくり、映画を見まくり
目が痛くなるかくらい非現実にどっぷりつかって、現実逃避をしていました。
そして逃げつつつも、何等か答えが無いだろうかと参考になりそうな事はないかと探してもいました。

希望的な気持ちになる話や感動する話でリフレッシュすることもあれば、
負の心を同調することで慰めるような話もあり、ひとことでいうと結局、一時的な気休め・傷のなめ合いみたいなものでしかなく。

心は索漠として、虚しいという風がいつも吹いていました。

その風が止んだのはなぜか?

ひとことでいうと・・・・・・

神様の法則を知ったから。

無念な思い・うまくいかない時を味わっても、得るモノがある
自分を不幸にする考えを捨てて、心が満たされる瞬間を感じられる。

神様の法則・真理

真理を知ることで自由になるとイエス様が教えて下さった、その意味が分かるようになってから、
わたしは、嫌なことがあっても、辛いことがあっても、冷たい仕打ちを受けても、
温かな神様から耐え忍ぶ力と乗り越える知恵をもらえるようになりました。
私の人生が転換するのを感じる瞬間がどんな映画・漫画よりも面白くワクワクするようになったので
今は、漫画・小説よりも御言葉読んでいます。

自分の人生を面白くするのも、つまらなくするのも自分次第だけれど
面白くする方法
それは真理にあると私は断言できます。

というわけで、
マイナスなことを、プラスにする秘訣以上です。