イラストで箴言を伝えてみた
という作品を見せてもらいました。
絵で伝えることって文字とは違う味がある。。。
自分、こういう顔だったかなぁ
と省みながら、またこの箴言の深い味を感じられました。
人々の顔の表情を見たら
「普通の顔の表情」が、一番多く
「しかめる顔」が、二番目に多い。
平素、「笑顔、慈しみ深い姿」を見せることが
むずかしい。キリスト教福音宣教会-摂理チョンミョンソク牧師による箴言

人生、生きる中で出会う問題の乗り越え方と対処の仕方を日々研究・追究。
母が父に対してご立腹し、ぷんぷんしている母から事情を聴きながら夕食をともにした。
話を聴きながら、最近、チョンミョンソク先生から教えてもらったことを思い出した。。。
認識によって人は判断し、選択する。
その認識が自分の偏った見方、バイアスである場合、問題が生じる。
「自分の認識」と「事実」が違う事があるのだ。
しかし、大問題なのは、それを当事者が分かっていない・きづかないということ。
父がそれを自覚しない限りは、実は問題が解決されない。
心の中で、「では、神様いったい、どのように対処したらいいのでしょうと。」
SOSを発信してみたところ
「祈ってあげなさい」、そういうインスピレーションと
「生活の中で助けてあげなさい」という主日礼拝で聴いたメッセージが頭をかすめたので
実践のチャンスじゃーん。っと、母にバイブルスタディで得た争いをなくす為の秘訣を少しだけ話した。
確かに少なからず父に非があるため、母の言い分は正論でもある。。。
母は度重なる父の自己中心的な言動に腹を立てていたのだが、第三者の私からすると
言葉にはなっていないが、多少は済まなく思っている心が感じられた。
良心が生きていてよかった。と思った。
「言葉にしないと届かない」という母の意見はごもっともだが
何が問題なのかその核が神様によって解かれるし、そうしてこそ真の和がなされることを母に伝えてみた。
自分の観点は、相手の心を見落としてしまう事があるのだが、
神様の観点で見る時は、自分の心も相手の心も生きるようになるのだ。
そして、争わせようとする悪なる存在に対してどのように戦うのかその術を知ってこそ
私たちは神様の心に近づくことが出来る。
母にどの程度、届いたのか未確認だが
神様の助けがわれらに臨むことを確信しつつ、
成されるまで、挑戦するしかない
家庭天国を希望的に目指そうと改めておもった。