これだよコレ、摂理の実態。

美味しぃぃ―卵焼きを朝から頂いた。
料亭っぽい上品なだしが効いた、紅しょうがとねぎが入った彩りも素敵な一品。
作ってくれたのは社会人になってから摂理に来た青年部女子メンバー。

彼女のおうちにお泊りさせてもらうのは約2年ぶり
2年前は、摂理って・・・と恐る恐る足を踏み入れるようなかんじだった彼女。

今は、神様がどんな時にも共にしてくれるという話を自然にしている姿を通して
自分で確認しながら、神様とたくさんイキサツを作ったんだなぁと感じた。

彼女の変化が私への神様からのメッセージだった。


最近、あることを自分の力量と個性からして、着手するのやめようと思ったことがあった。
でも、これが私の考えだったら・・・どうしよう。
そして、天が願っていることって一体なんだろう。。。。
そんな灰色雲のような私の心に一輪の花を届けてくれるような答えをもらった。

誰にも話していない問題の答えを

人を通してもらう。

っていう、この瞬間。

あぁ神様だなあと感じて、神様の働き掛け方を教えてくださったチョンミョンソク先生を思いだす。

「私を信じなくてイイから、神様を信じなさい」

先生のその一言が私には痛快だった。

これが教祖、これがマインドコントロール、これが洗脳の実態だ。

生きるか死ぬか見極めるために摂理の御言葉を聴いた自分。
死ぬことが間違っていたら・・・という思いから、チョンミョンソク先生から学んだ自分の末路は
人生を諦められなくなりました。

先生が誰よりも死にたくなるような目に昔も今も遭っている。

けれども、あの笑顔。

けれども、この生き方。

口だけじゃない。
誰よりも神様の御働きとその愛を知っている方なんだなと
おもいました。

絵空事じゃない

そういうハナシ

聴きたい方にオススメであります。

自分の考えで、しんどくなったり
自分の推測で、天と遠くなったり
自分で自分の首絞めているってやつ、だと
わかりながら、らせん階段を上がって行くか降りていくか
それも自分次第。

今日の主日のメッセージをいただいて、しびれました。
感謝。

火を使わない夏のおかずをとおしてふと思う。

毎年この時期は、キュウリ茄子三昧がスタートするのだが今年に限り、茄子が苗の時期に強風で茎が折れてしまったということでキュウリの独走である。

キュウリなかなかあまり好きでなかったのだが、
最近、美味しさが分かってきた気がする。。。
触感と水気なんだなと。

キュウリは、その成分がほとんど水分と聴いたことがあるが、そこがキュウリの良い所なんだなと思う。
当たり前といえば、当たり前だが、自分はその良いところよりも、キュウリくささがちょっと苦手だったのだ。
良い所に集中して捉えるとなんだか、印象変わるのが不思議だ。

キュウリの美味しい佃煮を教えてもらった。
近日中に作くレポをしようともう。

キュウリって簡単においしく作れるところもポイント高い。

梅こんぶ茶 粉末・顆粒とあえるだけでもおいしい。
酢味噌とミョウガで和えるのもおいしい。

どちらも下ごしらえで、スライスかぶつ切りなどした後に、塩をもみ込み一度、塩で水分をだして
味がしみ込み易くすることがポイントだ。

これって、神様の御言葉をいただく時にも同じだと思う。
味がはいってこそ、食材本来の良さもでる。美味しくなる。

しかし、御言葉が心にすっと入っていきにくい時がある。

いろいろな生活のもろもろのことで疲弊をするとき、
生きているようで死んでいる状態になる時、過呼吸(吸って吐くがうまくできなくなるかんじ)みたいになる時
わたしは、立ち止まって神様のメッセージ受け取れない自分の心に向き合う。

何で、今心が苦しいのか?

天に助けてもらいながら、ほぐして、
原因と結果を真理で再確認。

そうすると、爽快感にあふれる。

時にかなった、その時に合ってこそ、美味しいと思うことも同じだろう。
さっぱりとした夏のお惣菜作り、爽快感に溢れるものを探そうとおもう。