ひさびさに怒鳴った自分に驚いた件。

ウチの家系、特に父方の祖母も祖父も、その子である父も怒鳴るので、
私も普通に怒鳴るのは日常でした。

何かっていうと、すぐに声を荒げつつ、モノにあたるORモノを使って破壊する。

という事がよくある光景でした。

しかーし怒る理由が、あまりにも大したことがなく。
むしろ、怒る方がどうかしている。
と、気づいてから、これは内面の問題だなぁ・・・と
途方に暮れました。

そんな中、怒りについて様々、どう治めるのか
心理学でなんとかしようとしましたが、
真理が一番効果てきめんでした。

よって、
摂理に来てから
かなぁ~り、大~分、穏やかになったんです。

それはどのくらいかっていうと、
きょう怒鳴ってしまったけれど、いつ振りだろう?と思ったくらい。

まだまだ、削らないとならない考え方があるなとわかりましたが、
精巧に磨いて作品を作るように、自分の考えと心と行ないを磨けること
磨き方を丁寧に教えてくれる先生に会えて
心底~感謝ッ

手が付けられない私が変わったと認めるしかない家族は、摂理を反対するわけがないなぁと改めて思ったのでした◎

ゴーストライター説があるんだってさ。

チョンミョンソク牧師が毎週説教原稿を書けるはずがないということで
「ゴーストライター」がいるはずだ!という話をしている人がいるんだと、ある牧師さんから聴きました。

そう聞いて、やはりと思う人どれだけいるでしょうか。

私みたいに、脱力しながら鼻で笑う人のほうが大多数だと思います。

なぜならば、その原稿量(長さ)を見るならば、
ゴーストライターは複数いるはずなんです。
でなければ、間に合わない
そのぐらいの内容量です。
その上、チョンミョンソク先生が書き送るのは原稿だけではなくて、各個人に宛ての手紙や作業当の指示・決済
と多岐にわたっており、また内容はその主日の説教の流れで送られています。

もし、複数いるならば、内容がかみ合うかどうか?前後でずれがないか?
そういう問題が出てきます。
でも、全部が一環しています。

また、人がどうこうではないんだなと痛感するところとしては、
一般的に、内部の問題は多くの人が知らないように伏せたり、ごく一部の人達だけに展開される傾向がありますが
主日の説教原稿の中で問題をドカーンとあらわにされて、こうあってはいけない!と
全体に告知・教育されるのは圧巻です。

人を意識せずに、
神様の前に
何が義であり、公正であるか
それを体現されている・・・。
これが10年越しの在籍者としての感想です。

ライターがいるはずだと思うのは
摂理の真の実体を知らない方の推量ゆえ致し方がない。
赦しの心を持つのだとそう、天がやわらかな心をくださいました。