ぶつかって。新しい景色を見る。

お客さんとのぶつかり。

その原因は・・・。

互いの認識の違うことからの誤解でした。

私サイドの思いとしては
「伝えてこそ相手も話してくれるんではないか?」という思いだったり
誤解を解きたくて、一生懸命に話しているだけなのですが・・・・
「自分が正しい」といっているように聞こえると言われ、
全く意図と反する形で受け止められてしまって脱力するしかない有様。。。

そんな中
「もういい、他の人の変わってほしいと言われてしまい。」
仕方がない。これ以上こじれてもどうしようもないから・・・と
心のどこかでよかった。もうこのややこしい話から逃れられると安堵する気も生じていたのですが、いや待て。
今、自分どんな時なのかわかっているのか?
自分の考えで終わって良いと思っているのか?と
私の中でより天の側の考えが私の肩を掴んできました。

たしかに。そうだ。
ここで終わったら、なにも変わらない。。

じゃどうしたらいいのか???
どうしたらいいのでしょう・・・・と助けを求めた瞬間
チョンミョンソク先生が教えてくださったこと

「目的は同じ。考えは異なるが目的は同じだ。」 が思い浮んできました。

そこで、

ひとまず、私が正しいといういう話ではないこと、不快な思いを与えてしまったことを謝罪して(こちらとしてはなぜ?と泣きたくなるような思いですが)、もともとの目的に立ち返るように話の脈に戻しました。

そして、
目的が何なのか?
お客さんの知りたいことを確認し、どこで不可解な気持ちを与えてしまったのか?確認をしました。

そうしたところ
話が平行になってしまった点が何だったのかが明確になり、そして私が伝えたかったことがなんだったのかお客さんにもわかってもらえて、和解と円満な感じで終わることができました。

諦めやすい私が新しい景色みたような瞬間でした。

裂かれるべきものがわかってすっきり。
目的が漂流し始める時に、この言葉をまた思い出したいです。

「考えは異なるが、目的は同じだ。」

 

(2016年8月16日Up記事をリライト)

『問題』を乗り越えると生まれるモノ。

「大皿に入ったサラダ見なかった?食べたりした?」と朝から形相が迫力ある妹君。

びびりながら、「今朝は見ていないし、食べていないよ。」と私。

しかし、・・・思い当たるのは、私が昨夜食べたサラダ。

どうやら妹(肉の姉妹かつ摂理姉妹つまりメンバー)と半分個にする話だったらしい。

チーン。。。

「後免わからず。食べちゃった。。。。」

冷蔵庫やら戸棚やらバタンと閉めたり、
「たべちゃったじゃねー」と捨て台詞を吐いて去って行く荒れ狂う台風のような妹君。
(さすが血気の血統・・・・昔の私を見るかのようだ。神様、申し訳ありません。)

本当にサラダが食べたかった模様。
作ってあげるには、出社時間的に無理。
そして、なによりも台風状態の時には何を言っても跳ね返ってくるのは負の連鎖。。。。

自分の不注意・確認不足でトラブル発生。

聖霊様にどうか私がこれを通して悟る事、悔い改めて次元上げられるように助けて下さい。と報告相談しながら会社に向かいました。

そもそも、妹君と私の考え方と感覚が実はかなり極と極で和を成すことは至難の業。

平和と和睦。どうしたらなせるのだろう。

私たちが神様の喜びになる生・・・

どうしたらなせるんでしょうか。。。と祈りながら会社でお仕事。。。

まず、一つになれない原因。
「何言ってんだ~」的に私の考えを主張したくなる心を認めた。
これがあるとまず平和なせない。

そもそも、何よりも争う状態をみて誰が心痛めるのか?

神様だ。

神様のその思いを少しでも感じられたとき、自分の言い分という「考え」から抜けだせた。
聖霊様の感動感化に感謝。

相手がどうこうというよりは、私が正しいかどうかというよりは、神様が正しい。
神様の願い平和を成すことが正しい。
相手の思いをまず受け止めて、どうしたら解決に向えるのか?

愛と平和を成すチョンミョンソク先生の姿を思い出した。

先生は言葉ではなく
「行ない」で伝える方。
神様の愛で接する方。

よし。
お詫びのタルトを買って帰ろう。
そして、私が足りないところは私がもっと気を付けて、ちゃんと確認しよう。

タルトを買って家に向かう時、思った。

今までの自分にはない考えを行なっている・・・・次元上がった?もしかして?

問題を問題のままにすると心も重く・痛いが、
乗り越えるならば
「いきさつ」になると

タルトのお返しにくれた特製バナナジュースを見て思った。
タルト2

(2017年7月23日Up記事をリライト)