赦すことは自分を省みることからはじまるって、小難しいことふと礼拝前に感じた件。

摂理の教会には大学生しかいないというような印象を持っている方がいるようだが、ふつうに小学生・中学生・高校生の子たちもいる。
朝玄関で遭遇したので「おはようございます」とあいさつをしたところ
スルーされた。。。

朝からちょっと心がもやもやしたというか
正直ショックだった。
なので、それを理由にしてはいけないが次遭遇した男性社会人?家庭局の男性に会釈ままならず・・・着席し、お祈りした。

お祈りしたときに天からもらった心2つ。

①もっとにこやかに挨拶すれば相手も挨拶するしかなくなるから、もっと挨拶の次元をあげること。

②あなたの10代だった時を思い出しなさい。

わたしは人見知りをするので、相手が年上だろうが年下だろうが、ひとまず距離を置きまくるところがある。
なので、挨拶も固い(表情がにこやかでない)
相手が大人ならばきっと、人生経験上返してくれるだろうが、経験値が少ない場合は返されない。いや、返しにくいのだろう。

そして、私も10代の時は親戚の人とかあった時になんだか照れるような気がして挨拶せずに逃げたり、
また私など数に入らない存在だろうという自分の考えであいさつちゃんとしなかったりして、母に叱られていたなあと思いだした。

わたしも成長まだまだな三十路。。。(←いい加減にしろという声が聞こえてくる)
そうだよね、いろいろあって昨日より今日、今日より明日成長していくのだから!
と思ったら、しょんぼりな心がなくなった。

摂理に来て、何かしょげたり、ショックを受ける時、お祈りすることで
考えが広く高くなるという経験を学んできたなぁと改めて思った。
そして、いろんな世代がいるから
もっと自分からアクションして交流もしたら面白いかもしれない。
そう、新しい考えをもらった。

そうそう、そういえば
最近、主日礼拝のあとに太極拳を壮年部の先輩から学んでます。
人格的でとても癒されます。
いい歳の取り方を学べること感謝です。

美とはたぶんきっと、黄金比率だけれども。

ハーフ顔の秘訣は眉にあると、あるモデルさんが言っていた。
眉の色を変えるだけでなくて、眉エクステを使うことで外国人風になるそうだ。

エクステってまつ毛というイメージがあったので、眉毛もあると聴いて驚いた。

まつ毛を数ミリ長くするだけで確かに、印象が変わる。
なので、眉毛も然りなのだなと納得。

眉の整え方をレクチャーされるときに
黄金比率があるのだと
よく聴くが、その黄金比率を作り出すために、メイク技術やエクステといった開発力が生じるのだなと・・・
探究力に感嘆しつつふと、思い出した。

「顔が大きいとか人の容姿をいろいろ言うものではありません。
計ってみたら2~3センチの差でした。そんな大したことではないのです。」という主日の説教でそんな話題が出てきたことを思い出す。

一人ひとりが作品。

神様の視点で見ることが、作品として大切にすることができる秘訣だと
その視点を学ばせてもらって、自分の中に入れる時に感じるものが変わった。

素敵に自分を作ることも大事だ。(わたしはそういうの足りないから、美意識高い女性見るとほんとリスペクト)
がしかし、ありのままも大切に見てくださっている神様の愛がもっと地球上に満ちることも大事かつ必要だと思うのだ。