人と比べる苦しさからの脱却。

一人ひとりがオンリーワンだって言っていう歌詞にみんなそうだよねと感動しつつも、
どうしてか比べることしてる人周りに多くいませんか?

皆と同じにしなさいという言い回しをする方がいたり、
皆さんどうしていますか?と「みんな」に合わせようとされる方をみたり、
今、これが一番人気ですよと、商品の良さを説明せずに人気があることで買わせようとする店員さんがいたり・・・

オンリーワンである事実をより認めて輝くよりは
「みんな」と一緒であることが価値があるとするような意識が強い気がする。

でも「みんな」と一緒になることで何かメリットがあるか?というと、

じつは、精神的にも無理がかかるし、実際の状況的に、自分に合わないこともあるから、一言でいうと苦しいことになる。

「皆と一緒だと安心」という判断をするような擦り込みが学校教育であるのか、それとも、遺伝・環境的な要因なのか
それとも、それらすべてから来るものなのか・・・といろいろ人間観察をして考察してしまう。

どっちにしても、全部疑ってかかることがデフォルトな私としては、みんなと一緒だと一緒に穴に落っこちることの方が不安なので、色々な角度から検証する方を選ぶタイプであります。
しかし、そんな私は「人と比べて自分はダメだなぁ」と思う<考えの癖>が根強いこと、今更ながら痛感中。

天と遠いなぁ~自分と思ったら、
自分の考えで天を誤解して、勝手に恐く思ったり
自分の考えでどうせこうだろうなと、勝手に判断したり
自分の考えで、線を引いてそこから出ないというスタンスが強い恐ろしいゆがみに気づきました。
それでいて、人をうらやましく思うような心を持っているってアホかあんた。
と一人ツッコミするしかない。

こういうことを気づけるのは、ほんとに感謝だと
天の御働きに感謝します。

摂理に来て、自分の悪い所を的確に見ること・直し方を教えてもらいました。
目に見えないけれども確かに
働きかけてくださる神様によって、みちびいてもらっていること
これがあり得ない変化の理由だなと改めて思います。
(↑自分の悪い所を妹とかに指摘された時に逆切れしていた人が、間違いを認めるってすごいよ!!!と妹を感動させたらしいです。(-_-;))

ほんとに、直し甲斐がありまくりな自分です。

比べると苦しくなるけれども、
認めるとそこから前に進めるから不思議です。
同じ5分でも未来がちがう。

認めることも、神様の視点で認めてこそなので、これ気になる方は摂理で聖書学ぶことをお勧めします~

歴史的試合にハラショー。

スゴイよスゴイ!!

歴史的剣道の延長戦。

で、後日改めて戦ってなおかつ、延長線。

大会始まっての異例な展開↓

「互いに傷んだ竹刀を1本ずつ取り換えた後、試合時間50分20秒で審判長が止めた。午後7時過ぎだった。「試合時間が1時間に及び、この会場の運営の関係もあり、引き分け再試合とします。大会本部によると、引き分け再試合は「前例がない」という。」朝日新聞デジタルより引用

再試合の結果は

コテ勝ちで勝敗は決まったそうですが

両者それぞれ団体戦優勝、個人戦優勝で日本一に輝いたそうです。

清々しい気持ちになりました。

私は、剣道は未経験ですけれど

ほぼ互角の力量だとなかなか、決まらないという経験したことがあるので、若いというスタミナ以上に彼らの精神力、集中力のスゴさかんじました。

異例の再試合戦った剣士、それぞれ個人・団体で日本一に

この歴史的勝利という結果を得るまでにどれほどの鍛錬と労苦があっただろうか‥‥

それぞれ人生の中でこのように勝利するのだと自信と確信を得ただろうなと思います。

自分との戦いが一番死闘だったりしますが、それを超えるにはやはり精神。

辛い練習をただの練習にしなかったんだと思います。

英雄になり、主人公になるそれは艱難辛苦を経てこそなのだ。

そう改めて感じ

チョンミョンソク先生の詩が思い浮かびました。

 

「霊感の詩」 鄭明析

吹雪が吹き付ける冬でも
歳月は行く
雨風台風が吹き荒れても
歳月は行く
患難迫害激しい苦痛が押し寄せても
幸せは来る

 

【詩人としての鄭明析】
1995年に月刊「文芸思潮」に登壇した後、「霊感の詩」4冊を発表。2011年に韓国100年史詩人に公式登録。2013年、各書店にて詩集ベストセラー。現在も、詩作の手綱を緩めることなく、今までに3000編あまりの膨大な詩を発表している。