使えないと思っていたが。

甲州弁って、日本一不細工な方言と言われている。。。

たしかに、品も愛嬌もない・・・
残念ながら、否定的な語句が多い。

しかし、これを「考え」を管理するためにこれ使えるわと思った。

 

悪い考えを切って捨てることが、大事だと教えてもらったので
悪い考え・不義な考えが来たら叱りつけなさいとおっしゃったので

 

「しゃらっきたねぇ考え(けんげぇ)をぶちゃるだ!」(すごく汚い考えを捨てるのだ!)
「だっちもねーことをけんげぇるな」(くだらないことを考えるな)
「あほずら。こんなこと考えちょ」(馬鹿か。こんなこと考えるな)etc…

 

方言で叱りつけるの
けっこうおもしろかった。
おもしろいので、ちょっと自分の中で流行るかも。。。

個性と調和。

ある時、管理職をされていた女性から
「あなたはNoと言える人(自分の考えを言える人)だけれど留学経験があるの?」と訊かれたことがありました。

ホームステイはあるけれど留学はしたことがない旨伝えたら、
その方はイギリスで少し生活をした時があったが
全てのやり取りと判断が「自分に選択権がある」ということを初めて感じて感動したという話をしてくれました。

「No」という考えも認められ、尊重されることが当たり前な世界があることに衝撃だったそう。
日本の暗黙のルール的に「みんなに合わせることがいい」という感覚の違いに驚いたと。
また、自分が選んで自分の意見を言える喜びを感じて、これからは私は日本でまた生活するとしても絶対考えて選択しようとおもったの。
と話されていました。

神様の中で調和・平和に暮らすために必要なことを一つ見つけた気がしました。

おおかみと子羊。牝牛と熊が共に暮らすような世界>イザヤ書11章参照

否定をするための「No」じゃなくて
相手と自分が違うことを前提にして、受け入れる。認めること。ちがいを知る「No」
自分という個性
自分以外の個性を認めること、自分の思い・考えも伝えるように表現することって大事。

摂理の中でいろんな個性と出会うので調和するには
御言葉をもとに考えることを習慣にするしかないので、
わたしはそこで自分と相手が「良い意味で違う」という考えをいつの間にか身に着けていたのかもです。

相手も自分も神様の作品。

互いにすてきな作品になりますように。

 

平和