特性を見つけようと人鳥を見て思った。

飛べない鳥という形容を時々される、penguin:ぺんぎん。

漢字では「人鳥」と書くように、氷上を歩く。
時々、滑って移動もするらしい。
歩き方や群れで一列に動く姿、確かに人っぽい。

 

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生きるために、海中で魚を取って生きる生態になった、ペンギン。
だから、海の中で飛ぶように泳ぐ。

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速い。。。

鳥は飛ぶから鳥だ。
というイメージで見ると、ペンギンは飛べない鳥となるけれど、

「生き方」はその特性でみると、「飛ばない鳥」なだけ。

見る側の観点・思い込みなだけなんだと、気づいた。

そして、最近聴いた、明け方の箴言を思い出した。

人間も「生まれ持った核」がある。
各自それを見つけて開発し、宝として貴重に思って希望で生きなさい。
それを出して見せれば、誰にも見くびられない。

<核>は「自分だけが持っている特性」で、「神様がくださった宝物」でもある。

 

飛べない鳥のような自分、見くびられる事、ものすごい慣れっこだけれど、

生きるために、「神様がくださった宝物」自分の特性を見つけよう。そう思った。

できないと思う考えはどこから来るのか。

自分の考えから来る。「出来ない」という考え。

何を持ってできないのか、芋づる式にぶら下がっている理由たち。

しかし、その理由は結局、「出来ない」というよりは「行なわない」「しない」ということを
決めるだけのもの。

どうやったら出来るのか?
どうしたら目的を成すことが出来るのか?

一人ではなくて、一緒にやろう。
そうおっしゃる神様。

その神様と一緒に何度でも、繰り返し出来るまで、目的を成すまで方法を換えて
「続けて行なうのだ」と教えて下さったチョンミョンソク先生。

「出来た」というという時を得るには
自分が「行なって」行くこと。

その時に「出来ない」芋づる式の理由は消滅する。

今日も地味に、地道に芋づるを焼却するべく行ってきます。