あの感動をふたたび。

神様への感謝と愛を表現する賛美の力は、歌う側も聴く側にも感動に包まれるものがある。

音楽の本来の目的とすばらしさを体感した『春の賛美コンサート』

わたしはソプラノで参加させてもらいました。
歌いながら、感極まって泣きそうになったのは私だけでなかった。。。(念のために申し上げると、ジャイアンみたいな自己満足ではない笑)
摂理に対して抵抗感・悪感情等が少なからずあるのか、腕組んで固い表情されている方が私の真ん前にいらっしゃったのですが、曲目が進むごとにその腕が下されて、最後には穏やかな表情になられていたのが

magic!

神様が働きかけられたのを目撃したと思いました。
後日の感想で、「摂理の悪評を見たが、私も賛美団に参加したい。」とありhalleluiah!!!でした。
事務局長の明朗な挨拶や
摂理で御言葉聴き始めた当初どうだったのか、
そしてどんな風に変化したのかメンバーの証映像や
老若男女問わず、心に染み入る先生の名説教のダイジェスト映像盛りだくさんなコンサート。

ご好評につき、秋の開催準備中。
わくわくしながら、いっそう実を豊かに結んだコンサートになりますようにお祈りします。

 

 

明るい死に支度。

後悔のない生き方はもうこれ以上できない。という生き方をしてこそだ。

「これ以上できない」をなした人は
「もう一度やり直したい」と思わないというか、思えないのだと
体操個人金メダリストの内村選手のコメントで感じた。

「死んだら何もないと思う。」 そういって、母の姉は「やること全部やったから後はボタンを押すようにぽっくり逝くのがいい」と言っていた。がしかし、癌になったらタバコもやめた。

伯母の姿を見て、死が迫ってきた時に、やはり生きることを選ぶのだなと思った。
知らない分、恐かったり辛かったりするのではないだろうか。しかし、知ると死生観が変わる。

後悔が無い生き方を、無理も矛盾もなく心と考えがすっきり、はっきり明るくする御言葉で
後悔のない生き方を喜びで感謝で、自分にしかないメダルを目指して生きたいなって改めて思った。