マイナスのことをプラスにする一つの秘訣と方法。

思うようにいかない時。
期待した事柄が、実際は大したことが無い時。
誤解される時。
悲しくなるような時。

そういうマイナスと言えるようなシチュエーションが生じたらどうしますか?

摂理に来る前は私は、そういう事柄から逃げるために、漫画を読みまくり、小説を読みまくり、映画を見まくり
目が痛くなるかくらい非現実にどっぷりつかって、現実逃避をしていました。
そして逃げつつつも、何等か答えが無いだろうかと参考になりそうな事はないかと探してもいました。

希望的な気持ちになる話や感動する話でリフレッシュすることもあれば、
負の心を同調することで慰めるような話もあり、ひとことでいうと結局、一時的な気休め・傷のなめ合いみたいなものでしかなく。

心は索漠として、虚しいという風がいつも吹いていました。

その風が止んだのはなぜか?

ひとことでいうと・・・・・・

神様の法則を知ったから。

無念な思い・うまくいかない時を味わっても、得るモノがある
自分を不幸にする考えを捨てて、心が満たされる瞬間を感じられる。

神様の法則・真理

真理を知ることで自由になるとイエス様が教えて下さった、その意味が分かるようになってから、
わたしは、嫌なことがあっても、辛いことがあっても、冷たい仕打ちを受けても、
温かな神様から耐え忍ぶ力と乗り越える知恵をもらえるようになりました。
私の人生が転換するのを感じる瞬間がどんな映画・漫画よりも面白くワクワクするようになったので
今は、漫画・小説よりも御言葉読んでいます。

自分の人生を面白くするのも、つまらなくするのも自分次第だけれど
面白くする方法
それは真理にあると私は断言できます。

というわけで、
マイナスなことを、プラスにする秘訣以上です。

なにげなく大きな奇跡。

やわらかく輝く月を見て

一体、どこに行けばいいんですか?と問いながら暗い夜道を歩いて帰った日を思い出す。

 

 

変わりたいけれど、変われない

自分の限界ばかりを知って立ちすくむ中で

 

「私のもとへ来なさい」

 

 

心に浮かんできたコトバは

中学、高校のときに読んだ新約聖書のイエス様の一言だった。

 

どこに行けばいいのか教えてください。

聖書を何千年もかけて後世に残したのは意味があるならば

私を照らす月のように神様が私を見ているならば

どうか

教えてください。

そう、暗い道をあてもなく歩いていた。
その日が今はだいぶ遠くなり、太陽の温かさに包まれながら新しくなるための挑戦をする今がある。

 

神様、ちいさな声を聴きのがすことなく導いてくださり

心から感謝します。