昨日から卒業式帰りの子たちを目にする。

晴れ晴れとした顔だったり、どこかさみしい思いも持ってそうな顔だったりそれぞれ抱いている思いがあるだろうなと伺える。
卒業式、その日も強烈に自分嫌いでどん底だったなぁ。と、思いだす。

あの時は、まだ甲府にいくつも映画館があって、自己嫌悪を紛らわす如く、学校帰りによく映画見に行っていた。
卒業式のその日にも、映画の日に映画見に行くしかないだろ?って言いながらジョニーデップを見に行ってた。
パーティーやデートをして浮きだっている同級生たちとはまさに水と油だった。
こんな過ごし方する奴は私くらいだろうなと自分でも、思っていたっけ。
誰かと過ごす中で感じる孤独ほど、耐えがたさを感じて一人が気楽!を常とした、いわば夜の時代。

明けない夜はない。という言葉が希望のようでもありつつも、自分にはその夜明けが来ないんじゃないかと焦燥感にまとわりつかれることもあった。
そんなだったなぁ20年前は。

目の前を輝く笑顔で歩いて行く卒業生たちを見て安心しながら、私はあの時とどのくらい変わっただろうか?とふり返える。

基本的にまだ何か成せたものがない肩身が狭い奴ではあるけれど、
途方もない孤独と怒りが雪解けのように無くなったと断言できる。それが私に起きた奇跡だと思う。

まだ後遺症のように、リハビリというか開発必要なところはあるけれど
誰かの痛みが無くなるように、自分に何ができるだろうか、
当時の自分には考えることも余地もなかったけれど、今は「出来なくても出来る様に考えてみよう」そんな風に思える。

まだアクションが乏しくて、「何もしない」っていわれる程度だけれども
手におえなかった苦しみが解決されて「本当に生まれてきてよかった」と親に感謝出来るようになったことが、
私にとって不可能が可能になった出来事だったから、


だからこそ、今後の人生は誰かの為に不可能を可能にしよう。
そんなチャレンジをしようと思えるのは、不可能を可能にしたその人に教えを乞うことができるからなんだろうな。
人生、一生、一作品。
感謝で生きたい。


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