分かって損を被ることがないように、変化と成長が出来るように神様が教えて下さったこと。

力が抜けるのは、
確実に、完全に行わなかったから。

最後まで行なわなかったから。

確実にやっておかなければ
時間が過ぎると、やっておいたことがぼやけるか、消えるから
後であなたの生(せい)を振り返った時
残っているものがないように見えるのだ。

キリスト教福音宣教会 摂理の御言葉

たしかに・・・ぼやけている理由は確実に行なっていなかったからだと納得。

確認して行なうこと。
諦めないで、成し遂げるまで行う事。
つまり、「自分なり」の頑張りではないのだと思った。

御言葉を行うことも
ある程度だけあなたの気に入るように行うのではなく
その御言葉があなたの生活になり、生になる時まで行うのだ。

キリスト教福音宣教会 摂理の御言葉

Amen!
はっきりと変化できる御言葉ゆえに、
行なってこそ無から有が創造される。もがきの傑作品になるのだ。

私は、力をすべて注がなくても、成したときに、
できる時までやったときに、最後までやったと言う。

最後まで成せずに終わらせることは、
過程の中で諦めることと同じだ。
したがって、はっきり完全に行わなかったことだ。
できる時まで行うことが最後までだ。

一つのことをするとしても、はっきり行うことだ。

キリスト教福音宣教会 摂理の御言葉

しびれるような、そのはっきりとした精神を私の中に入れて生きたい。
自分の満足で行わずに、神様が願われることを完全に行なおうとされる
チョン・ミョンソク先生の姿を思い出すと、そのように生きたくなる心が自然と湧いてくる。